人生のハンドルは自分で握れ
というよりは、軌道修正はいつでも必要なものだ。どんなにまっすぐな道であっても、どんなに正確に走る車でも、ハンドルから手を離したら、車はまっすぐに走らない。人生もそれと同じで、たとえ、ほとんど動かしていないとしても、ハンドルをもっているということが大切なのだし、事実、しっかりと握っていないと走れないのである。
リスクを背負うことを覚悟して、みずからで人生を選ぶというのは、みずからで飛行機の操縦梓(かん) を握ることにほかならない。たしかに怖い部分もある。だが、人に握ってもらっても、自分で握ってもリスクはあるということを忘れないでほしい。
飛行機だって落ちるときは落ちるし、人は死ぬときは死ぬ。それならば、みずからでその操縦梓は握っていたい。人生の操縦梓をしっかりと握っていてこそ、生きがいや充実感は得られると思うのだ
コックピットでみずからが操縦梓を握っていれば、納得して、落ちて死ぬとしても、ねるというものだみずからの人生のハンドルはみずからで握る、みずからの人生はみずからの責任で決める歩むための仕事選びだということを、もう一度胸に刻んでほしいと思う。 そんな人生を仕事も人生も、結局は「好きか嫌いか」で選べたとえば、営業を一生懸命やって、それで結果が出ないと、みずからも周囲も「何をやってもできない人間」というレッテルを貼ることがよくある人間がいる。たとえば、ある社員は、営業がどうもうまくない。
私は彼の違う面に目をつけた。それは、彼がお酒落だということだけあって、会社のインテリアなどにも興味があるわが社にも結果を出せていない。みずからがお酒落なだ。そこで、これからはお酒落な会社に人が集まる時代だから一人に彼を指名した。
そのリーダセンスのいい会社にするというプロジェクトをつくり、彼は、売り上げをあげていないみずからにはその資格はないと固辞した。まず実績を出さなくてはという彼の気持ちはわかる。しかし、実績をあげてから得意なことをやるというのでは、それがいつになるのかわからない。
むしろ、得意なことをやり始めれば、結果として業績がついてくることがあると言って、彼を説得した。彼には、電話などで話をさせると、その魅力がうまく伝わらないという損なところがある。だから、こういう得意分野を生かして仕事をしたほうがいいと思う。彼だけでなく、人間誰しもいろいろな特技があるのだから、それを生かさないのは馬鹿げている。